89歳のおばあちゃんが
立ち上げた非営利団体
ネオパラダイスは
老若男女みんなが「自分らしく」一緒に暮らすスペースです。
空き家や廃村を利用して
子供、シニア、親の全員に新しいライフスタイルを提供する新しい居住地を作ります。
子供は…
24時間保育なので、親の手が回らない問題に直面することはありません。
育児放棄、DV、邪魔者扱いに怯えることなく
プロの手で健やかに育つことができます。
学校は全寮寄宿制であり
個々の個性を伸ばす教育方針なので
夫々の能力を開花させることができます。
DV、イジメにあう、孤独になることはありません。
ネオパラダイスに住むシニアから、多くの知識、経験、知恵、伝統を受け継ぐことができます。
成人は…
子育てによる様々な制約制限から解放され
各々の天職に持てる能力を120%発揮して活躍できます。
またここに住む仲間やシニアたちから、先人の知恵を授かることができるので、一人で悩むのはもう終わりです。
シニアは…
定年がないので元気なうちはいつまででも働くことができます。
次世代へ知識、経験、知恵や伝統を伝えられます。
社会から隔絶することはありません。
子供は一家族の子供であるだけではなく
コミュニティの子供でもあります。
シニアは、一家族のおじいさん、おばあさんであるだけではなくコミュニティのおじいさん、おばあさんでもあります。
みんな繋がり、平和で安全で安心して心豊かに暮らすことができるコミュニティ。それがネオパラダイス構想です。
こんにちは、代表理事の毛利八重子(やえこ)と申します。
昭和10年(1935年)生まれの89歳になります。
この歳になると、日中戦争や第二次世界大戦、原爆投下、戦後の復興、オイルショック、米不足、リーマンショック、バブルの崩壊、阪神淡路大震災、東日本大震災など…
本当にたくさんの経験をしてきました。
年齢的に戦争を乗り越えた同年代の方々も、もうほとんどの方がお亡くなりになりました。
若い人や子供、そして年寄りが一緒に暮らしたり、また一時利用でも安心できる子供を預けて親も自分らしく生きる場所を作りたい…
このネオパライダイスの構想は約30年前から構想しておりました。
ネオパライダイスの主な登場人物は3人です。
日本の若者の自殺率は先進国で1位で年間2万人以上、40秒に1人が自殺している計算になります。引きこもりも全国に146万人と大変な状況になっています。
また教育の問題も深刻で、戦後GHQによって作られた既存の学校教育では、個性が失われて、ロボット人間、金太郎飴のような人間になってしまいます。
これら問題に対して政府やNPO団体さんが活動されて素晴らしいですが、私が考える解決策は「安心できる環境で人の愛に触れながら幼少期を過ごすこと」だと思っています。
そのためネオパラダイスでは安心できて、自然に溢れて、そしてお年寄りたちが見守ってくれる。そんな環境に住んだり、もしくは好きな時に遊びに来れる場所があれば、脳も身体もダイナミックに成長して、愛のある幸せな大人に成長すると信じています。
いずれは私立の学校も設立したいと考えています。
独居老人、孤独死、年金問題、老後破産、熟年離婚など、一昔前では考えられなかった言葉が毎日ニュースで飛び交っています。
シニアの中には素晴らしい能力をお持ちなのに、年寄りというだけで退職して生き甲斐を失ったり、姥捨山を彷彿させるかのようにアパートの一室に引きこもって誰にも知られず亡くなった方も何人も見ています。
ネオパラダイスでは、そのシニアの経験や知恵を若い方達にどんどん伝えてもらい、お互いがwin-winな環境になります。
もちろん頑固で意固地になってはいけませんが、ネオパラダイスにくれば、そんな凝り固まった心も柔らかくなるはずです。
「自分は社会の役に立たない」と誤解されているシニアがたくさんいて、これもまた悔しく思っています。シニアは年齢の分だけ必ず経験をしていますし、何よりもその存在自体が、子供たちにとっての安心感になります。
私は長年、職業紹介をしてきましたが、子供を預けられないで仕事を諦めた方や、夫婦間で子供の教育方針が合わず一人で抱え込んで苦しんでいる方、また子供を育てる環境が整ってないせいで自分の人生や夢を諦めてしまった方にたくさん出会ってきました。
その都度、安心して預けられる24時間保育があれば良いのに…と歯痒い思いをしてきました。
ネオパラダイスでは「住む」「一時利用する」の2つを用意する予定ですが、どちらにせよ親も一人の人間として自分らしく個性を活かせるような環境になります。
ここでたくさんのシニアや他の親御さんたちが、全員を自分の家族と思って過ごしています。もちろん育児放棄ではいけませんが、やはり親が自分らしく生きている姿を見せることが、子供にとっての最高の教育になると思っています。
ネオパラダイスはまだ企画段階で、これから皆さんのお力を借りながら、少しずつ柔軟に形にしていきます。
以下、私の頭の中にあるネオパラダイスの構想です
ネオパラダイスの建設によりある程度の目的は達成できると思います。
しかし、完全ではないでしょう。
これからもこの目的達成のためいろいろな施策を行っていきます。
ぜひ、皆様のお力と知恵を貸して下さい。
施設の建設には費用もたくさんかかりますし
協力してくださる方もたくさん必要になります。
そのためまず第一段階として
シニアの知恵を若い方達に伝える講座などを行いながら
建設費用を貯めています。
昔は「おばあちゃんの知恵袋」という言葉がありましたが
敗戦後の団地設立や共働きの推進により
核家族が生まれてシニアと若い方の知恵や生活が分断されました。
しかしシニアの中には様々な経験をされている方もたくさんいますし
若い人たちが知らない知恵や知識を持っている方もたくさんいます。
これを眠らせるのは日本の損失となります。
そのため以下の2つのプロジェクトで
シニアの知恵を若い方たちに伝える講座や
Youtubeチャンネルを運営しています。
東郷平八郎さんや山本五十六さん、
もしくは決死隊の方々のインタビューや手紙はたくさん残っています。
ですが、私のような「一般人」の
戦争体験や当時の気持ちが
世の中に出ることは
ほとんどありません。
伝記に残るような活動はしておらず、
ただ防空壕の中でガタガタ震えていた…
そんな一般人の当時の体験や気持ちも、世の中に残さないといけないと
危機感を感じてこの活動をスタートしました。
残念ながら戦争の体験者は80歳、90歳となり、年齢的にどんどんお亡くなりになります。
彼ら彼女らのリアルな体験や気持ちを後世に伝えないと、戦争はなくならないと感じています。
科学はどんどん進化しているのに、現在世界ではいまだに56の戦争、紛争があり、過去の悲惨な経験が全く生かされているとは思えません。
「どんな理由があっても戦争は絶対にしてはいけない」
こんなシンプルな想いで、戦争を体験された一般のシニアの方にインタビューをした動画を作成し続けています。
シニアの経験と英知を若い世代に伝える活動の1つとして
ゴルゴ13の原作者であり81歳で現役の工藤先生をゲストに呼び小説、漫画の原作の書き方講座を実施。
これまで14名の方が受講してくださり現在も進行中です。
「2023年12月」までに
達成したい目標
ステップ0
共感してくださる方、お手伝いしてくださる方の募集
ボランティアスタッフ、アイデアを出してくださる方、共感してくださる方は、いつでもたくさん集まってきてくださると嬉しいです。
以下のメールアドレスに連絡をくださるとありがたく思います。
代表理事:毛利八重子の連絡先<yaemoh@yahoo.co.jp>
ステップ1
ホームページの制作&同志・ボランティアメンバーの募集
現在は、ネオパラダイス構想に共感してくださったお忙しい方たちが無償でお手伝いしてくださっていますが、私も89歳ですのでインターネットに弱く、ホームページの作成、文章などを書いてくださる方、動画やインタビューをしてくださる方も常に募集しております。
ステップ2
一般財団法人の設立
ネオパラダイスの性質上「一般財団法人」の形態がベストと思い設立を進めております。設立費用300万円もない状態ですが、まずは共感してくださる方が集まる「箱」を作らなければいけないため、ここを目指しております。
「2024年4月」までに
達成したい目標
ステップ3
共感してくださる方でサミットを開きブラッシュアップしていきます
ステップ4
シニアと子供達が触れ合い、また親御さんのひとときの休息のために、夏休みだけお子様を預かるサマーキャンプを開催する
・市区町村の協力を得る
・法的に詳しい方の募集
・同じ理念を持つ他の団体様とのコラボレーション
「2024年12月」までに
達成したい目標
ステップ5
実際に古民家などを借りてネオパラダイスのスモール版をスタート。ここでネオパラダイスの第一号施設の建設を目指します。
現在は湯河原を候補としており、空き家を利用する方向で行政ともお話しを始めています。
ステップ6
国の協力を得て本格始動
・廃村丸ごと復興させつつネオパライダイスを建設する
ステップ7
公益財団法人へ移行します
ステップ8
このモデルを「全国に広げて」いきます。ノウハウなどは気持ちがある方に無料でお伝えしたいと考えています。
ステップ9
このモデルを「世界中に広げて」いきます。
世界を平和に、そして全員が主人公になる世界を作り上げます。
ステップ10
考えや姿勢が浸透した時点でネオパラダイスを全て壊しても良いと思っています。大切なことは想いや考え方であって施設はマストではないと思っています。
ひとりひとりが天職を全うして輝く
「揺りかごから墓場まで」平和に、安心、安全に、心豊かで幸せな日々を送れるそんなコミュニティ「ネオパラダイス」をつくります。
しかし、ネオパラダイスは施設を作ることは究極の目的ではありません。
一人一人が持てる力を存分に発揮して輝き
生きることの喜びを素晴らしさを謳歌する。
ネオパラダイスはそのツールの一つかもしれないし、ただの道程だと思っています。
でも、とにかく、今、私たちにできることをしっかりとやっていきたいです。
1歩でも、2歩でも、少しずつでも進んでいきたいです。
その一つがネオパラダイスの建設です。
まずは、ネオパラダイス建設を一緒に実現したいです。
ネオパラダイスの建設は、空き家を使ったモデルケースであっても
最低でも2000万円はかかる予定です。
またお金の問題よりも、教師や看護師さんなど、様々な方のご協力が必要になります。
そのため、共鳴してくださる方たちのご協力だけに頼らず、私自身も命ある限り積極的に活動して資金を貯めて行きます。
など様々な方法で、亀の歩みですが実現のために少しずつ動いています。
略 歴
1935年 | 東京生まれ |
---|---|
1941年 | 国民学校入学 太平洋戦争が始まる。 集団疎開 近隣に爆弾投下などの経験をする。 |
1959年 | 大学卒業 |
1960年 | 英文タイピストとして勤務開始。 |
1964年 | 外資系(米)機械メーカー勤務 マーケティング部秘書などを担当 |
1968年 | 人材紹介会社にて、女性部門担当 (職業においては男女の格差が激しいことを痛感する。) |
1969年 | 外資系(米)商社、総務課長兼外国人(米)支社長秘書 |
1972年 | 外資系(米)服飾メーカー、オフイスマネージャ―兼支社長秘書 |
1977年 | 国際ホテルESS(エグゼクティブサービスサロン)にて セクレタリーサービス業務(翻訳、通訳、文書作成など)を開始 (子育てのために適職につけない、 また、チャンスを逃す多くの方々と出会う。 |
1985年 | 人材紹介・派遣会社、常務取締役 国内外の多くのエグゼクティブにお目にかかり、 様々な素晴らしい発展の可能性があることを実感する。 多くの優秀な人材(求職者、定年退職者)と出会う。 しかしながら、現実には社会的な要因により マッチングが困難であることを痛感する。 そして、~揺りかごから墓場まで~ 平和で豊かで安心・安全な生活を送ることができる 「夢のライフスタイル」へライフスタイルの革命を起こしたい。 そのために、夢の楽園「ネオパラダイス」を創りたい。 と、考えるようになる。 |
1999年 | 米金融機関専門格付け会社 日本支社長のエグゼクティブアシスタント |
資格 | 宅地建物取引主任者免許 中学・高等学校教諭免許 |
毛利 八重子代表
福永 洋子
村上 宗嗣副代表
Ringa 林雅
すずき まき
井上 由紀
永谷 由妃
故・井上 芳夫
長野 佐友里
布川 静
株式会社K・E Media
代表木下 仁
李 へりょん
高橋千恵
小野 友和
小野 さやか
三津 皓康(85)
佐々木 義弘(90)
山本 均(81)
鈴木 幸子(85)
ネオパラダイスはこれから「世界のスタンダード」にしていきたいです。
5年後、今日を振り返った時に「あの日の1つの行動が世界をより良い方向に動かした」と、あなたや家族に言ってもらえるように私たちも全身全霊でカタチにします。
またご支援いただいた方の中で希望者には、今後のネオパラダイスの会議などにぜひとも参加して頂きたいと思っています。別途、詳細はお伝え致します。
世界のためにも、子供やシニア、そして親御さんのためにも、温かいご支援お待ちしております。
あれは晴れた春の日でした。
空襲警報が解除になりました。
庭の防空壕から這い出すように出てきた私は思わず、畳の上に身を投げ出しました。
それから何分が過ぎたのでしょう。
突然、汽車が鉄橋を渡るような「ゴォー!」という轟音が聞こえたかと思うと
雷が10個ほど落ちたのかと思うほどの爆音が続きました。
跳び起きました。
家は激しく揺れ、もうもうと立ち上る砂煙のようなものですべてのものが見えなくなりました。
慌てて起き上がりはしたものの動くことはできませんでした。
やがて立ち込めた砂煙が収まり視界が晴れてくると壁という壁の壁土はすべて剥がれ落ちていました。どうやら砂煙はこの壁土が巻き起こしたもののようです。
私を心配して、慌てて台所から飛んできた母が言いました。
「爆弾らしいわね。」
後で分かったことですが家から数百メートルの所に爆弾が落下し、すり鉢状の巨大な穴が開いていました。
前日、楽しくお話した婦人会の会長さんは、家が爆心地に近かったため亡くなられました。
信じられませんでした。
でも、あの会長さんの優しい笑顔に会うことはできないと思うととても悲しくなりました。
そして、もう少し爆心地が我が家に近かったら、私もこの世には存在していなかったのだろうとはっきりと実感しました。
何気なく、陽の光に手をかざすと
その手は赤く美しく輝いていました。
「赤い血が流れている。生きている。何と素晴らしいことだろう。
明日はいなくなるかもしれないけれど、今は生きている。」
静かにけれど深い幸福感のようなものが
満ちてくるのを感じました。
それから2年程が経ち終戦の日を迎えました。
「死ななかった。」
それが実感でした。
そして、
「なぜか、誰かに生かしていただいている。」
と思わずにはいられませんでした。
こんなに美しい赤い血が流れているのに、人が人を殺しあうなんて、絶対に許せない。
「どんな理由があれ、戦争だけはあってはならない」という声が聞こえていました。
そして、生き残った人々には平和で安心・安全で心豊かに幸せな日々を送って欲しいと願わずにはいられませんでした。
戦中に引き続き戦後の生活も苦しさの連続でした。
食べるものにも不自由しました。
配給制度でしたが、お米の代わりにサツマイモや、カボチャまで
配給されることもあり、更にひどい時には欠配のこともありました。
しかし、大人の人たちは懸命に頑張ってくれました。
激しいインフレ、預金封鎖など社会情勢も最悪ではあったのに
よく頑張って下さいました。
科学の驚愕するような進歩で日々の生活は次第に楽になっていきました。
計算機が現れてソロバンにとって代わり、ペンとインクはボールペンになり
タイプライターも次第に普及し始めました。
3種の神機と言われた
電気洗濯機、電気冷蔵庫、白黒テレビも次第に普及し始め
更には、カラーテレビやクーラー自家用車までが、一般家庭の生活へ入り込むようになりました。
確かに生活は便利になり、物不足は無くなり豊かになりました。
これで、戦争が起こらなければいうことはないと思ったのですが、現実は甘くはありませんでした。
いつも世界のどこかで戦争が起こっていました。
今でも世界には56の紛争があります。
周りを見渡せば、平和で安心・安全、心豊かに幸せな生活とは程遠い不平不満が充満しています。
そして、自殺者は2万人を超えています。
生きているということは素晴らしいこと、
そして生きていて良かったと世界中の人に感じてもらいたい。
そのためにできることを何でもやっていこうと思います。
1人の力は弱いけれど、それが2人になり、3人になっていったら、きっと世界を変えていくことができるでしょう。
みんなで、力を出し合って、知恵を出し合って、
そんな世界を築いていきたい。
戦争のない平和で安心・安全で、心豊かに幸せな生活。
生まれてきた以上その人にしかできない能力を120%発揮して、生まれてきてよかったと思われる世界を創りたい。
そのためには
ぜひ、あなたのお力を貸してくださると嬉しく思います。
昭和10年生まれのおばあちゃん
代表理事 毛利 八重子
団体情報
団体名非営利団体ネオパラダイス
設 立2023年11月3日
代 表毛利八重子
副代表村上宗嗣